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非常に考えさせられた映画だったので自分の意見もモリモリでかなりの長文になってしまいました笑。

87点

ドキュメンタリーだと思ってたんですけどこれはちょっと違うタイプじゃないか。
言うなれば映像エッセイとでもいいますかね。

 

アメリカの著名な黒人作家ジェームズ・ボールドウィン。

彼の回顧録かつ考えていたことをサミュエル.L.ジャクソンのいい声でナレーションしながら

アメリカで連綿と続く黒人差別、人種間対立、アメリカの歴史の闇を、記録映像、写真、黒人についての映画、最近のニュース、イメージ映像、そして実際のボールドウィンがしゃべっている映像などを挟んで、クールに語っていく。

編集は非常にシャープで音楽の使い方やOPとEDの黒と白を使い分けたアニメーションも非常にカッコいい。

 

サミュエルによる語り自体は淡々と緩やかだがそれでもすごい情報量と考えの数々。ボールドウィンは87年に亡くなっていて、劇中で語られる文章も彼の遺作の未完成原稿で書かれてることしか出てこないのですが、語られてることは全く古びていない。むしろ今のアメリカにも、日本にも、世界にも今こそ通じるものばかり。

逆にいうと我々が昔から変われていなさすぎるのか。語りに最近5年くらいのニュース映像が挟み込まれても全く違和感がない。

一応話というかボールドウィンの回顧録のあらましを書いておきますと、

黒人であるということ自体が身の危険につながってしまう1940〜50年代のアメリカから出てヨーロッパで執筆活動をしていたボールドウィン。だが、アラバマ州で初めて白人の学校に黒人が通うことになり、大勢の白人達に罵られながら学校に向かう黒人少女のニュースを見て居ても立ってもいられなくなりアメリカに舞い戻る。

アメリカに戻った彼の目線で語られるのは60年代公民権運動のリーダー、マーティン・ルーサー・キング牧師、マルコムX、メドガーエヴァースの3人とのやりとりや活動。

この3人の話をボールドウィンはしまくるのです。

3人ともボールドウィンより年下ですが、
63年から68年の間に全員30代で殺されてしまった。すごい時代ですね。

この3人の言葉の中で個人的に印象に残ったのはキング牧師の「我々が自由になるのは権利ではなく義務だ」という発言。

たしかにアメリカの理念は法の下の平等、自由。それを享受できていない国民がいるのは理念に反しているし、それを仕方がないと諦めたらそれはアメリカの否定、義務の放棄。アメリカ国家の責任であり、国民一人一人の責任。差別する側にもされる側にも刺さる言葉だった。

これは基本的人権や平等が保証されているはずの日本人にも言える事。自分の人権をしっかり守り守らせるのは権利の行使という義務。

ていうかこの発言したときのキング牧師って確かまだ20代だったんですよね笑。天才ってだけじゃ言い表せない、本当に偉人です。

結局暴力抵抗を訴えたマルコムxも非暴力を訴えたキング牧師も暴力で死んでしまう。

ボールドウィン自身の言葉もたくさんある。やたらアメリカ人の精神性の問題を非難しまくってて部外者でもそこまで否定的にならなくてもいいんじゃないかと思ってしまったけども笑。

黒人という言葉、カテゴリーは白人が作ったもので本当は我々は全員アメリカ人。過去の白人たちは自分の仲間、子供たちを虐げてきたのだという発言は強烈。

黒人のみならず人を人種や性別、性的嗜好で雑にカテゴライズして見下す行為をしてしまうのはそれによって自分たちが優位に立ってると思いたいから。

そしてずっと何世代も差別して来た側はだんだんと差別されてる側に自分たちを恨んでるに違いないと勝手に恐怖を感じてしまう。

そしてまたそれを押し込める為に差別を繰り返す。白人警官が黒人を殺す事件が絶えないのもここがデカい。何という悪循環。闇の根っこが深すぎる。

 

ボールドウィン自身がよく映画を観る人だったこともあり、本作にも映画の引用が多いです。そして映画というものが時に差別に抗するものになっていたり、またはそれを助長するものになっていたことを本作は浮かびあがらせる。

ボールドウィンは子供のころジョン・ウェインがインディアンを退治する映画を観て白人と同じようにウェイン側を応援していたのですが、ある日彼は気づくんです。

「俺colored(有色人種)じゃん!ていうか黒人じゃん!」と。

 

そして「白人が見たい黒人」像に迎合してきた黒人映画人への批判まである。

全ての娯楽映画の基盤といわれる「國民の創生」から、黒人と白人の因縁の映画はずっと作られてきています。この映画でも

名作「招かれざる客」、「手錠のままの脱獄」、「夜の大走査線」

が引用として出てくるんですが、

この3つの映画の主演は全て元祖黒人スター俳優シドニーポワチエ。そしてボールドウィンはポワチエがアメリカ映画界での黒人の地位を高めたことは認めつつ、彼が演じてきた黒人像をはっきり非難するのです。

品行方正なハンサムで知的な黒人で最初差別されるも、白人と友好的になったりする役が多い。しかし、それは白人にとって都合の良い黒人像。リベラルで教養があって白人を恨んでいない、白人をホッとさせる存在なのです。
しかしそんな理想的黒人と和解しても差別をなくしたことにはならないとボールドウィンはいいます。

なぜこちらから歩みよっていく必要が?

こんなに優秀で品行方正じゃなきゃ黒人は認められないのか?

下品で過去のことを恨んでいるからといって差別していいわけではない。本人の資質とはまた別の問題。
ここまで言えるのも同じ黒人で運動を引っ張ってきたボールドウィンくらいでしょう。

そして積極的に差別する側に加担してない、なんならリベラルのつもりの人でも、結局相手の事情を知らない、想像する力がないと差別にあたることをしてしまうのがわかるシーンもあります。

中盤に人種のことをとやかく言ってもしょうがない、個人の頑張りの問題で差別にこだわってるのはそっちだみたいなことを言う白人学者が出てくるが、そうしたくてもアメリカで生きる黒人には見えない障壁や天井があるのに、それを知らず、知ろうともせず、わかったような口を聞いてしまう。しかも本気でそれが相手のためになると思ってたりするから質が悪い。

これはどの国の人間でもやってしまいそうな差別で怖いですね。

相手を知る、相手の立場に立つ。
差別をなくしていくのは非常に難しい。

それでも、本作は甘い理想論を語らずに、でも前向きにアメリカが、人類が向かうべき方向性を示してくれたと思います。

公開館数が少ないですがもっと多くの人に見てほしい傑作でした。